講演:食品と暮らしの安全基金の「商品テスト」

食品と暮らしの安全基金の「商品テスト」
講師:NPO法人「食品と暮らしの安全基金」代表小若順一
2016年9月17日(土)さいたま市産業文化センター

1984年、「商品テスト」を軸とする市民団体「日本子孫基金」がスタートした。これは「子孫に被害を与えるような食品は良くない」という発想から生まれたものだった。しかし、当初は期待していた結果がなかなか出なかった。1985年のテストは「古米の変異原性について」だったが、問題点は一つも出なかった。「甘味料の変異原性」テストも何一つ問題は出てこなかった。

時代・商品・テーマ・予算・媒体などにおいて、「暮らしの手帳」とはちがった切り口での「商品テスト」を模索した。同様なテストは当時、国でも民間でも行われていたのである。
「商品テスト」の軸は次の二つ。
①目的は何か。
②アイデアが重要である。

そして、成果を次々と生み出した。次にその具体例を掲げる。
虫よけスプレーに強い突然変異性(遺伝毒性)があることを、ショウジョウバエの実験により突き止めた。
ポストハーベスト農薬の実態を世界で初めて明らかにした。(例~小麦や米に有機リン農薬を混入、レモンのヘタ落ち防止に2,4-Dがスプレーされる、ジャガイモの芽止めに除草剤を混入、ポテトチップスにも除草剤が)(1988~95年)
遺伝子操作食品問題。BTジャガイモの葉で虫が死ぬ事実をビデオで公表し、世界に衝撃を与えた。遺伝子操作大豆が豆腐に混入。(1996~2000年)
哺乳瓶から環境ホルモン・ビスフェノールAが出ていることを明らかにした。2008年、厚労省は遂にビスフェノールAの有害性を認めた。カナダでも有害宣言が出た。
○1998年、カップ麺の容器から環境ホルモンであるスチレンが出てスープと麺に混ざることを突き止めた。100種類のカップ麺をリストアップし、国の基準に従ったテストだったが、企業側から「環境ホルモンは出しません」という全面広告が出た。2001年、スチレン溶出が専門誌で認められた。
市販の緑茶にグルタミン酸ナトリウムが添加されていることを発表。企業側は以後、グルタミン酸を入れなくなった(静岡は除く)。
空気清浄機がカビを発散していることを指摘。
マスクの効果を調査。花粉は取れるのか?防塵マスクが最適であることを指摘。
○2001~05年には食べ物から広がる抗生物質耐性菌の問題を調査。大量の抗生物質が家畜に使われていることが明らかになった。
 ・偽有機肥料が出回っている~有機畜産から作った肥料でないので、堆肥に耐性菌が出た。国の認定肥料が無いので、調査しにくい。
・10年経ったが耐性菌を持った家畜は増えている。
○2005年にトランス脂肪酸問題に取り組んだが、これは世界でも早かった。テスト結果を「合格」「不合格」に分けたが、雪印「ネオソフト」、明治「コーンソフト」、日清「とっても便利なショートニング」など、数値が高いものはメーカーが改善している。
水の調査。県庁所在地ではさいたま市が最下位。「名水」は9種類のうち8種類に化学肥料の大量施肥から生まれる硝酸態窒素が発見された。ミネラルウォーターや「スーパーの水」も取れていなかった。
○ワインの酸化を防止する亜硫酸塩の調査。輸出量が多いワインは亜硝酸塩が多い。トップはドイツワイン、次がシャブリ。チリ産、南ア産は低い。
ラップの抽出水(ラップを水でジャブジャブ洗う)で金魚の生存状態を観察。金魚が死んだ。添加物ノニルフェノール(環境ホルモン)のせいである。
シックハウス症候群の調査。機材を持って住宅展示場を歩き、「メーカー別シック度」を発表した。
○「これが欠陥掃除機だ」・・掃除機から出るチリの数を調査。サンヨーの広告「排気を外に出さない」などがインチキであり、ナショナルやシャープのフィルターにも欠陥があることを指摘。この結果、サンヨーは広告を変えた。韓国掃除機の欠陥を現地で行ったところ、韓国は2年で改善した。日本では日立だけ改善した。
ハウスダスト問題・・ダニは完全には取れず、ダニアレルギーの人には効果なし。結局「洗え!」が結論。
肉に調味液を注入して増量・・・魚肉や畜肉にリン酸塩・味の素・水を注入していることを指摘。
カビが生えないおにぎり、湯をかけると油が浮くおにぎり

現在はミネラル不足による「新型栄養失調」を明らかにし、ミネラル摂取が発達障害の子どもに効果があることを事例研究で発表している。また2012年からは福島の未来の子どものために、チェルノブイリの子と孫の健康調査を行い、頭痛や手足に痛みを訴える子どもが多数いることが判明した。これに対して、「食品と暮らしの安全」は「チェルノブイリの子どもの痛みをなくすプロジェクト」で、驚くべき成果をあげている。これによれば、頭痛発生の最低線量は1.1ベクレル/㎏である。

《感想》私が「食品と暮らしの安全」を知ったのは、妻が化学物質アレルギーであったこと(現在は改善されている)、2008年に家を新築するため、シックハウス症候群対策を考える必要があったからであった。しかし、小若代表の実践は既に1984年から始まっており、そこには暮らしの安全を子孫に伝えようとする並々ならぬ意欲が感じられる。
広告を入れず、斬新な商品テストを繰り返す小若氏の姿勢は、朝ドラで有名になった「暮らしの手帳」の花森安治氏をイメージできる。今まで、企業とは一度も対立関係になったことは無く、企業側の改善努力を促したり、国の安全基準の見直しをさせている。彼の手法は企業批判ではなく、調査した商品のデータを並べるだけだという。彼は徹底したデータ主義を採ってきたのだ。「暮らしの手帳」とは「切り口」が異なるのである。
「食品と暮らしの安全」の転機は3.11である。ここから「チェルノブイリ調査」が始まり、現地で、国が見逃していた様々な健康障害のある子どもが多数居る事を発見する。これは福島の子ども達の将来にもかかわる重大な問題であり、「食品と暮らしの安全」の前身である「日本子孫基金」という名称が今や重みを持ってくるのである。
現在、安保法制に反対し、憲法9条を守り、「若者を戦場に送らない」政治運動が広範に起っているが、小若氏は全く違った「切り口」で国民の平和で安全な暮らしを追求しているのである。

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