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zoom RSS さらばミハイロ・ペトロヴィッチ

<<   作成日時 : 2017/08/01 20:28   >>

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7月30日、浦和レッズはミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以後「ミシャ」と記す)を、チーム成績不振を理由に解任し、後任監督に堀孝史コーチを就任させた。チームは現在9勝2分9敗のリーグ8位。5月20日の清水戦で引き分け(3-3)に追い付かれた頃から長期的低迷期に入り、特に失点が36と、昨年の年間失点28を早くも上回り、守備崩壊の状況を呈していた。前日29日のコンサドーレ戦のハーフタイムで驚愕の「3枚替え」を行い、それが裏目に出て0-2で敗北したことは、ミシャ解任の決断を早めさせたに違いない。私も解任はやむを得ないと考える。
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△ミシャ最後の試合となったコンサドーレ戦(浦和レッズ公式より)

ミシャは2012年に浦和レッズ監督に就任し、前年の2011年に降格の危機に瀕したレッズを見事に立ち直らせ、常に優勝争いの一角に名を連ねた。彼の就任以後、チームの勝ち点も54(2012)⇒58(13)⇒62(14)⇒72(15)⇒74(16)と順調に増加した。これは偉業である。
この5年間に、ミシャは超攻撃的スタイルのサッカー戦術を作り上げ、レッズのサッカーを格段に面白いものにしてくれた。そのため、ミシャは自分の戦術に適合すると思われる選手を呼び集めチームを編成した。槙野・阿部(2012)、森脇・興梠・那須(13)、西川・李(14)、武藤・ズラタン・高木(15)、駒井・遠藤(16)、ラファエルシルバ(17)と、現在のトップチームの大半の選手がこの間にレッズの一員となったのである。「チーム作り」「選手の才能を見極め、一貫した指導を行う」という点でミシャの才能は相当高い。

2012年、ミシャ指揮下のレッズの試合を初めて見た時、私は驚愕した。攻撃時、左右のウィングバック(ワイド)がFWと同じ高さに上がり、前線に5人が横一列並んでいたのである。ボランチの阿部がCFラインに下がり4バックを形成、中央には鈴木啓太が前後の繋ぎ役として動き回り3-4-2-1の基本形が4-1-5の超攻撃的布陣に変形していた。おまけに左右のCBがWBと入れ替わり攻撃に顔を出した。この戦術でレッズは2013年に実に66ゴールを奪ったのである。これだけゴールが見られればサッカーが面白くなるのは当然だ。

しかし、このミシャサッカーは同時に大きな弱点も孕んでいた。
@ ディフェンスがハーフライン付近まで押し上げるため、後方に広大なスペースが生じ、相手のカウンター戦術に脆い。2014、15、16年に惜しくもリーグ優勝を逃したのはこの理由による。
A 選手に多くの運動量が要求されるため、疲労が蓄積されやすく、高温下での夏期の試合は失速しがちである。特にACLと並行して戦う場合、この傾向が顕著となる。
B 選手は複雑な動きを要求されるため、ミシャサッカーに慣れるまでに時間がかかり、その結果、トップチームのメンバーが固定されやすい。つまり、レギュラーメンバーの疲労が激しくなる。優秀な才能を持った選手でも、戦術に適合出来なければ、試合に出してもらえず、チームを去らなければならなくなる。2017年、レッズは「2チームできるのではないか?」というメンバーで臨んだが、選手層は意外と薄いのである。
C 攻撃にのみ優れたディフェンダーが評価され、おまけに守備練習をしないので、一旦守りに回ると脆い。CBを構成している槙野、森脇、遠藤のディフェンス能力は、他チームと比べて特に優れているわけではない。

ミシャはこれらの弱点を克服するための工夫を試みた。例えば@に対しては、中盤での素早い攻守の切り替えの徹底化、ロングボール、サイドチェンジ、WBの中央攻撃への参加などである。彼の5年間は、ミシャサッカーを打ち砕こうとする他チームと、更にそれを上回る攻撃を開発しようとするミシャの戦術とのせめぎ合いであったと言えるだろう。カウンターやリアクションサッカーが主流のJリーグの試合が間違いなく面白くなった。その点でミシャのサッカーは大きな意義がある。

2017年5月下旬、「ミシャの風」は、ぱったりと止んでしまった。ディフェンダーは自信喪失に陥り、スプリント数を含めた運動量は低下し、セレッソ大阪戦(7月22日)などは見るも無残な敗北だった。先にあげた弱点がことごとく曝け出され、浮上のきっかけが掴めないまま8月を迎えてしまったのである。

この5年間(正確には5年半)私は多くの危惧の念を持ちながらもミシャサッカーを支持して来た。ミシャのおかげでレッズのサッカーの内容は格段に進化した。しかし、残念ながらプロの世界は結果がすべてである。2016年、リーグトップの勝ち点をとっても、勝ち点が15も下の鹿島にCSで敗れ優勝を掠め取られれば、それが評価となる。ミシャが獲得したタイトルは昨年のルヴァン杯のみ。レッズの監督を一番長く務め、サッカーで勝ち、勝負に負けた悲劇的な監督ミハイロ・ペトロヴィッチは私の記憶に長く残るだろう。

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